2015年6月23日(水)夢日記

庭の茂みの中のビデオカメラが視点となっている。
ビデオカメラは2つの家に挟まれた小さな庭を写している。
奥側の家から少女が出てきてカメラの方を向いた。
カメラに気づいたわけではなく、カメラの手前側の家から出てきた赤いパーカーを着た少女に気がついたのだ。
赤いパーカーのフードを深く被り込んだ少女の顔には死相が浮かんでいた。
今にも自ら死んでしまいそうだ。
かねてから東大進学の厳しいスパルタ教育を親から受けていた赤いパーカーの少女は確かに死ぬつもりだった。
小さな頃から庭の茂みにビデオカメラを設置していたが、一番古い記憶ではあの時であろう。
赤いパーカーを着始めたのはそれよりも昔だったので、その時もいつものパーカーを着ていた。
幼女は、茂みに設置していたビデオカメラを持ちだして奥側の家のスライド式になっている窓の元へ走っていった。
カメラにも見えるようにそれを写しだした。
カビゴンが窓を食べてるの!」

内的蠢き

私は蛇が大嫌いです。
蛇は恐ろしいものです。
とてもこの世のものとは思えないように踊り狂います。
見たくはないと思っていても、それは私の目の前に現れるのです。

あるとき、私は気がつきました。
この蛇は狂っているだけだと思っていましたが、本当はただ怯えているだけだということです。
ただ、この蛇は怖がっているだけだということを。

私は、またあることに気がつきました。
それは蛇が私自身だったということです。
何よりも蛇を恐れ、蛇でありたくないという、とても強烈な恐怖に襲われている蛇は私だったのです。

そして私は気づきました。
私は私を怖がっているということです。
私は私自身に不安を感じている、という本当に単純な問題だったのです。


私は、私が不安で仕方がない。


そのことに気づいたとき、目の前の蛇は消えました。
ですが最近、どうも私の後ろに私自身がいるように感じるのです。

今日も私は、私に不安を感じている。

10月21日の夢日記

なにか、個人が抱く人生における重要な支柱を、決して誰にも話してはならないような野心的な秘密を晒してしまう致命的な失敗をしてしまった。

家族や親戚にもわたしの正体がバレてしまった。

もうどうすることもできない。

すべては手遅れとなったとき、わたしはカッターナイフを掴んで自室にこもり、それで首をかっ切ろうとした。

おそらく、第二次世界大戦中に追い詰められたヒトラーが地下壕でピストル自殺を試みようとしたときと同じ心境なのだろうと感じながら、観念した。

 

しかし、一人では自殺する勇気すら持てず、結局は決行できなかった。

そこでわたしは、家族の目の前で様々なものをカッターナイフで破壊していった。

わたしのPCのディスプレイを叩き割ったところ、中からはきれいな女性の顔のポスターが出てきた。

こうしてわたしはポスターの女性と目を合わせることとなった。